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| ごあいさつ |
群馬マンドリン楽団 主宰者 両角文則 |
日本全国のプロプレーヤーのみなさま、
マンドリンギター愛好家のみなさま、
マンドリンギターファンのみなさま、
音楽に造詣の深いみなさま
私は萩原朔太郎の孫弟子として 1964年よりマンドリン音楽普及発展のために活動を始めました。
さまざまな企画でマンドリン演奏会を県都前橋を中心に県内各地で主催し、マンドリン音楽に対する私なりの原点(持論)を持って活動して参りました。
「優美で繊細で可憐で愛らしい」
この原点を日本文学で例えれば、川端康成の「伊豆の踊子」、伊藤左千夫の「野菊の墓」、この二つの作品から流れる素朴で純粋で一途な作風と精神は
、なぜかイタリア生まれの「マンドリン」と共通点を感じるのです。
この原点を基にして躍動感溢れるダイナミックな演奏を追求し磨きをかけていけば、交響楽団にはない、吹奏楽にもない、マンドリンアンサンブルやマンドリンオーケストラの良さが多くの方々に愛され慕われると確信しております。
さて日本でのマンドリンの歴史は110数年になります。
マンドリンはアマチュアの楽器、趣味の楽器、素人の楽器として普及発展して参りました。
日本全国、北は北海道から南は沖縄まで、中学、高校、大学、そして社会人を含めると、マンドリン合奏団が大小合わせて800から1000団体は存在するのではないかといわれております。
この歴史を基に今後私は、マンドリン音楽の可能性を一人でも多くの人々に広め呼びかけ、群馬マンドリン楽団、マンドリンギターサロンコンサート
、更にゴンドラ・マンドリンアンサンブル、ゴンドラ・マンドリンオーケストラを通して、マンドリンをメジャーにするために微力ながら全力で確実に一歩一歩、焦らず、慌てず、諦めず
、熱意を持って本気で活動して参ります。
日本全国のプロプレーヤーのみなさま、
マンドリンギター愛好家のみなさま、
マンドリンギターファンのみなさま、
音楽に造詣の深いみなさま、
ご支援ご協力の程、心からお願い申し上げます。
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両角 文則 (主宰者・指揮者)
| 昭和16年1月22日 |
前橋に生まれ、16才よりマンドリンを田中亘氏に師事 |
| 昭和36年4月 |
詩人 萩原朔太郎の直弟子の藤沢林太郎氏に師事 |
| 昭和38年7月 |
NHK東京放送管弦楽団所属の宮田俊一郎氏に師事 |
| 昭和39年1月 |
東京マンドリン宮田楽団に入団 |
| 昭和40年6月 |
東京マンドリン宮田楽団第84回定期演奏会(イイノホール)
宮田俊一郎氏のギター伴奏でマンドリン独奏 |
| 昭和39年9月 |
群馬マンドリン研究所を創立 |
| 昭和44年7月 |
群馬マンドリン楽団を創立 |
| 昭和53年 55年 59年 |
前橋市成人学級マンドリン講師 |
| 平成4年1月 |
日本初のプロプレーヤーを中心に編成
ゴンドラ・マンドリーノを創立 |
| 平成10年1月 |
プレクトラム音楽鑑賞会を創立 独奏コンクール入賞者をはじめ優秀なプロプレーヤーを招き、コンサート活動を行っている |
| 平成18年10月 |
マンドリンのまち前橋 朔太郎音楽祭
副会長及び音楽監督として活動 |
| 現在 |
萩原朔太郎の孫弟子として個人レッスンをはじめ、社会人団体及び高等学校ギターマンドリン部の指導を行っている |
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| 現在所属団体 |
日本マンドリン連盟理事
萩原朔太郎研究会会員
萩原朔美氏を囲む会代表
財団法人 三国路与謝野晶子 紀行文学館 評議員
群馬県立前橋女子高校ギターマンドリン部 講師 |
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萩原朔太郎直弟子 藤澤林太郎 |

萩原朔太郎作曲 「機織る乙女」 演奏 |

昭和37年11月11日 前橋元自治会館
「詩と音楽の午後」 |

前列中央 藤澤林太郎、後列左4人目 両角文則
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昭和5年5月25日 共愛女学校講堂
後列中央 萩原朔太郎、 前列中央 藤澤林太郎 |

昭和5年11月9日 共愛女学校講堂
後列右から3番目 萩原朔太郎
前列左から3番目 藤澤林太郎 |

昭和10年4月 前橋放送局にて 上毛マンドリン倶楽部 |
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